ケーキ

「アーサー、ちょっといいかしら?」
 タリアがアーサーを呼んだ。何かやらかしただろうかとアーサーはどきどきしながらタリアの方へ行った。その後をメイリンが追いかける。メイリンの表情は暗かった。

 行き着いた場所は食堂だった。奥の席まで行く。
「あのね。これを食べて欲しいの」
 そう言って差し出されたのはチョコレートケーキ。半径10センチほどで、上には粉砂糖が振りかけられていた。誰かが試食したらしく、ちょこっと切り分けられていた。
「これは艦長がお作りになったものでしょうか?」
 そう尋ねるアーサーの目はキラキラしていた。どうやら彼は甘いものが好きらしい。
 タリアは苦笑していた。アーサーの後ろに控えていたメイリンは俯いていて小さな声で「ごめんなさい」と呟いていた。しかしアーサーには聞こえていなかった。

「では頂きます」
 自分の分を切り分けたアーサーがケーキを頬張った…と。
「○×△※~?!」
 目を白黒させてアーサーは、バタバタと何処かへ駆けて行った。
 しばらくして戻ってきたアーサーの顔は土気色をしていた。
「かぁんちょ~ぉ」
 気の抜けた声でアーサーは言った。
「実はね、そのケーキはメイリンが作ったものなのよ。誰か試食してくれる人を探していたからアーサーに頼んだのよ」
 タリアが答えた。メイリンが
「申し訳ありません!!」
 とぺこりと頭を下げた。
「いや、僕は大丈夫だから」
 アーサーは慌てて言った。
「そう?」
 タリアはにっこりと笑いカップケーキを差し出した。とてもシンプルなものだった。アーサーの顔が歪む。
「大丈夫。味は保障するわ」
 タリアの言葉がいまいち信用できなかったアーサーは恐る恐るケーキを口に運ぶ。
「…」
 口にしたものを飲み込んでアーサーは言った。
「これ美味しいです」
 興奮して言うアーサー。よほどメイリンのが美味しくなかった様だ。
 自信ありげに笑っていたタリアは
「でしょう?」
 とアーサーに言い、メイリンにも同じものを渡した。
 ケーキを食べたメイリンはタリアにケーキの作り方を教えてもらえないか?と頼んだ。タリアは快く承知してその場でお菓子作り教室が始まった。

「ありがとうございました!」
 無事チョコレートケーキの作り方を伝授してもらったメイリンは一礼をして去って行った。その後姿を見送った後タリアはずっと待っていたアーサーに言った。
「あの子はアスラン・ザラにあげるケーキを作っていたのよ。味に自信が無かったらしくて私の所に試食して下さいって来たんだけどね。食べたらあの味で。『他の人にも感想を聞いた方が良いわよ』って言って貴方にも食べて貰ったの」
「酷いですよ~」
 アーサーはタリアの話を聞き抗議した。
「だからお詫びにってカップケーキを焼いたのよ」
 御免なさいね、とタリアは謝った。
「しかし、艦長がお作りになったカップケーキ、凄く美味しかったです」
 アーサーが言った。
「ありがとう。議長もね、私が作ったケーキを美味しいって言ってくれるのよ。あの人は甘くない方が好きだからいつもは砂糖をほとんど入れないで作っているんだけどね」
 タリアはその時の事を思い出しているのだろう、とても幸せそうな顔をしていた。
「はぁ…」

 返答に困ったアーサーはやっと言った。
「艦長、そろそろ任務に戻りませんか?艦のトップ2がこんな所でお菓子を食べている訳には行きませんよ」
「そうね」
 2人は艦橋に向かって歩き出した。道中タリアが言った。
「今年のヴァレンタインは貴方にも何か作るわ。期待しててね」
「はい」
 とアーサーは答えたものの素直に喜べなかった。
「『貴方にも』と言う事はきっと議長にも渡すんだろうな…。と言う事はやはり義理だろうし。やっぱり艦長は議長の事が好きなんだ。僕は失恋決定なんだ…」
 そう考えると折角貰えるものも欲しくなくなってきた。

 数日後。ヴァレンタインデーに、アーサーはパウンドケーキを貰った。アーサー好みの味で果物が少し入っていた。
 アーサーはそれを複雑な心境で食べていた。ミネルバ内で艦長から何かを貰ったのはアーサーだけだったから…。



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