静かな部屋に鳴り響く電話音。
部屋の主は、仕方がなさそうにベッドから身を起こし受話器をとった。
love feelings
「おはよう、タリア。元気かい?」
電話の相手の声は明るく良い響きがする。元から声が綺麗な人なので普段なら聞き惚れしてしまうのだが。
「…こんな朝早く何の御用ですか?無論私は元気ですよ『デュランダル議長』殿。なにしろ進水式を数週間後に控えているのですから」
部屋の主の声は寝起きの為擦れ、その上今最も聞きたくなかった声に多少うんざりしていた。
「『デュランダル議長』などと言わないで貰いたいものだな。君と話している時はただの『ギルバート・デュランダル』だ。今まで通り『ギル』と呼んでくれても構わないのだが」
電話の相手ことギルバート・デュランダルは笑う。彼は現プラント最高評議会議長だ。
そんな彼の声をやはりうんざりしながら聞いているのはタリア・グラディス、ザフト軍の最新戦闘艦、ミネルバの艦長を務める女性だ。
「何が好きで、別れたばかりの男を愛称で呼ばなくてはいけないのかしら?」
心の中で呟いたはずの言葉は口に出てしまった様だ。
「実はその事で話したいのだよ。今日は一日中空いているだろう?」
ギルバートは言った。
何故この男は自分の今日の予定を知っているのだろうか?タリアは昨日急に上司に休みを言い渡された為、やる事が無くて困っていたのだ。
不思議なので聞くと、ギルバートはあっさりと答えを言ってくれた。
「私が君の休暇届を出したのだよ」と。
「はぁ?!」
タリアは思わず変な声を出してしまった。ギルバートの笑い声が電話を通して伝わってくる。
「だから君は今日一日、私と共に過ごさなければならないのだよ」
―――負けた、とタリアは思った。
「…解りました。何時に何処に行けばよいのですか?」
タリアが聞くと
「もう君の家の前に居るのだよ。用意が出来次第玄関まで来てくれればいい」
…用意の良い男だと思った。
本当は嫌な外出でもやはり相手が外で待っているとなると待たせる訳には行かない。タリアは急いで身支度を整えた。
先日、タリアの方から別れを告げ、そしてタリアはすぐに去って行った。…ギルバートの制止の声を聞かぬフリをして。本音を言うと止められた時にギルバートの方へ駆け寄りたかった。しかし、自らが言い出した事だし、何より今の自分達はこうするのが一番だと思っていた。だから聞かぬフリをして走って行った。涙を堪えて。
「おまたせしました」
着替えを終えたタリアは玄関に向かった。玄関のドアの所にはギルバートの私用車が止まっていた。運転席にはギルバートが乗り、煙草を吹かしていた。
ギルバートはタリアの格好を見てくすっと笑った。
「何ですの?」
タリアが問う。
「いや…嫌がっていたわりには随分とお洒落をしてきたなぁと思ってね」
「そうですか?」
言いながらタリアは助手席に乗り込む。ギルバートは煙草を灰皿に押し当て火を消し、車を発進させた。
急に呼ばれたからラフな格好をするつもりだった。しかし会う相手がギルバートとなるとやはりそれなりの格好をしてしまう。
カットソーに薄手のカーディガンを羽織る。カットソーはギルバート好みの色だ。膝上丈のスカートはフレアタイプのもので、上に良くあう色合いのものだ。そしてちょっとヒールの高いサンダルを履いて家を出てきた。
「で、これからどうするの?」
タリアはまた問う。出かけるのは解ったが何処へ行くかはまだ聞いていなかった。
「君が行きたい所へ行くよ。特に無いなら私が行きたい場所に行くが」
「貴方の行きたい所へどうぞ。私は特にリクエストはありません」
2人は結局水族館へ行った。植物館も併設されており、動植物の種類がとても豊富な場所だ。そしてそこは2人が初めてデートの時に行った場所でもあった。
水族館は平日と言う事もあってとても空いていた。
「大人2枚」
ギルバートが入場券販売所で言って財布を取り出す。
「後で私の分の入場料を払いますわ」
タリアは言ったが
「別にこれ位の事、構わないさ」
と結局ギルバートは入場料を受け取らなかった。
入場券を受け取り、2人は微妙な距離を空けて中に入って行った。後にはあんぐりと口を開けた販売所のお姉さんが残っていた。
「海底トンネルって、いつ見ても綺麗よね」
2人は海底トンネルの中を歩いていた。此処の海底トンネルは有名なもので、右は太平洋、左は大西洋の海の生物を見る事が出来る。
「あぁ、綺麗だな」
ギルバートも同意した。水槽の中の生物達は優雅に泳いでいる。
トンネルを抜ける頃には2人の距離は少し近づいていた。
水族館定番のイルカショー。利口なイルカ達は調教師の合図に従ってキャッチボールをしたり、輪をくぐったりする。利口なイルカ達に感心しながら見ていた。
最後は併設されている植物館に入った。そこは温室でとても暖かだった。その為地球で一定の地域・場所でしか咲いていない花もずっと咲いている。2人はその一つひとつを順に見て回っていた。 「薔薇だわ。えっと…花言葉は『恋・愛』か…」
温室の奥の方に深紅の薔薇が咲いていた。タリアはそれに見入る。
「…タリア」
ギルバートが声を掛けるがタリアには聞こえていないのか、返事をしない。
「タリア」
先程よりも強く声を掛ける。やっとタリアは気付きギルバートの方を振り返った。
「そんなにこの薔薇が気になるのかい?」
ギルバートが聞くと
「何故かこの薔薇が凄く気になって。何と言うか…ずっと見ていて欲しいって薔薇が言っている様なのよ」
タリアが答えた。
「そうか。もう外は暗い。そろそろ此処を出ようじゃないか?」
ギルバートが言い、2人は外へ出た。
「―君にあの深紅の薔薇がとても似合っていたよ…」
唐突にギルバートがそう言った。タリアの頬が少し赤くなった。
ギルバートが言った様に2人が外に出ると辺りは真っ暗だった。
夕食を摂る事となり、2人はとあるホテルへと向かった。
地下の駐車場に車を止め、ホテルへの入口に向かって一緒に歩く。
「痛っ」
タリアが急に立ち止まりその場にしゃがんだ。ギルバートが足を止めた。
「どうしたんだ?」
ギルバートがタリアの目線にあわせる為にしゃがむ。タリアは答えた。
「歩き過ぎた様で足が痛いのです。でも大丈夫ですわ」
そう言って立ち上がるタリア。普通に歩いている様でもやはり痛む様で表情が硬い。
「私には大丈夫そうには見えないのだが」
ふわり、とタリアの体が宙に浮いた。
「議長!私は大丈夫ですから」
タリアが軽く動いて抵抗したが、ギルバートはタリアを抱き上げそのままホテルに入っていった。タリアはもう大人しくしているしか無かった。周りからは好奇の目線しか来ない。タリアは気にしていたがギルバートは全く気にせず、最上階のレストランへ行った。
「乾杯」
チリン、とワイングラスを合わせる音がした。2人は窓側の席に座って食事をしていた。窓からは街の光が綺麗に輝いているのが見えた。
「タリア。今日は君を無理に連れ出してしまってすまなかったな」
ギルバートが運ばれてきた料理をナイフで切りながら言う。
「いいえ。私は楽しかったですわ」
タリアが笑顔で言った。
「なら良かった。私も今日は楽しませてもらったよ」
2人は食事をしながら談笑していた。内容はなんとも無い事で付き合っていた頃と同じ様な感じだった。
さて食事が終わり、そろそろ帰ろうとした。しかし、2人ともワインを飲んだ為、車の運転は出来ない。タクシーを呼んでも良かったが、ギルバートは後日車を取りにいける暇がなかなか無く、タリアは酒に弱く、ほんの少量のワインでも酔ってしまい、現に目がとろんとしている。
結局2人はホテルに泊まる事にした。
「…っ」
ギルバートは部屋に入るなりタリアに口付けをした。タリアは特に抵抗はしない。キスはどんどん深くなっていった。そのまま手前のベッドに倒れこんだ。しかし
「ごめんなさい…寝るわ…」
タリアは目を閉じてやがてすーすーと寝息を立てて眠ってしまった。
タリアが横になったベッドの淵にギルバートは腰掛ける。
「タリア…」
眠ってしまったタリアは返事をしない。
「この間私の元から君が去っていって、君の存在の大きさを実感したよ。あの時、急に別れ話を切り出されてそして急に去っていった君を私は止める事が出来なかった。そして今日一日君と共に過ごしてやはり私にはタリアが必要なんだ。私の元にもう一度戻ってきてくれないか?」
ギルバートは言ったがふっと笑い
「寝ている人に言っても仕方あるまい」
言って自身もベッドに横になった。
「本当は…あんな事言いたく…無かったのよ…」
タリアが寝言でそう呟いた。しかし残念な事にギルバートはこの言葉を聞いていなかった。
翌朝。早々に起きて2人はホテルをチェックアウトした。駐車場から車を出し、ギルバートはタリアを家まで送った。
「本当にありがとうございました。お帰りお気をつけ下さいね」
玄関前でタリアがそう言う。
「また一緒に出掛けたいものだがね」
ギルバートが笑いながら言う。
「…そうですわね」
タリアが答えたがその後の会話は続かなかった。
「では、私はもう行くよ。これからも頑張ってくれ」
ギルバートは車を発進させた。それを見送ってタリアは部屋へと戻っていった。
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