「タリア・グラディス。君は何故軍に身を投じたのかい?」
 ブリッジに入ってくるなり、彼はそう言った。私は何と答えたら良いか解らず、ただ微笑するしかなかった。

求めたもの

 とある基地に停泊中だった。艦の修理や補給、その他もろもろをしていたミネルバ。ブリッジでも先の戦闘のデータを纏め上げていた。
「艦長、議長がいらっしゃいました。そしてブリッジの方へ向かわれました」
 艦の入口に居たクルーから連絡が入る。それに答える間も無くブリッジの戸が開き、議長が姿を現した。

「タリア・グラディス。君は何故軍に身を投じたのかい?」
 ブリッジに入ってくるなり、彼はそう言った。私は何と答えたら良いか解らず、ただ微笑するしかなかった。
 アーサーやメイリンなど、その時ブリッジに居たクルーは慌てて敬礼をした。私は敬礼はしなかった。席から立ち上がり、議長の方へ歩み寄った。
「…何故だと思います?」
「さぁ。私には解らんよ。ただ、本当だったら君は子育ての真っ最中じゃないかと思ってね」
 アーサーの「えぇ?!」と言う声が聞こえた気がした。メイリンなんかも手で口を覆っている。「若くして艦長に上り詰めた女」の私に子育てと言う言葉は無縁だと思ったのだろうか?
「あの時、私に言った言葉は何だったのかい?ただ別れる為の口実だったのかい?それにしては随分と手の込んだ事をしてくれたじゃないか?」
「あれは、あの時の私の本音ですわ。でも…。確かにあの時の私は子供が欲しかった。だから政府に従った。だけどあの人とは遺伝子レベルでの相性は良かったかもしれないけれど、一個の人間としての相性は良くなかったみたい。すぐに別れたわ。そして軍に入った。質問の答えになりまして?」
 私は彼が何かを言うのを待っていた。この男は何を言うのだろうか?しかし彼は何も言わない。ただ考え込んでいる風情だった。
「結局『二兎追うものは一兎も得ず』でしたっけ?私が求めていた二つのものは手に入らなかったの。『自分の子供』と『愛する相手』のね」
 言って、自嘲的に笑った。笑うしかなかった。あの時、本当は愛していた彼を捨てて、私は母親になるつもりだった。しかし実際に子供が出来る前に別れた。求めていた二つのものは二つとも手に入る事は出来なくて、両方失ってしまった。
 そんな私に残っていたものは軍人になる事。何もかも忘れて訓練に臨み、そして今は艦長と言う地位になった。あの時評議会議員になり立てだった彼は、その頃にはプラント最高評議会議長にまでなっていた。考えてみると本当に惜しい事をしたのかもしれなかった。ふと、脳裏をよぎった事もある。

「私は…」
 彼が口を開いた時に
「議長、此方にいらしてたのですか。間も無く帰りのシャトルの時間になります。早くお戻り下さい」
 彼の随員がブリッジに入ってきた。彼は「あぁ」と言って、立ち去ろうとした。
「そうだ」
 にやり、と笑って、彼は急に私の腕を掴み、引っ張った。そして軽く口付けをした。
 パン、と乾いた音がした。私は思わず議長の頬にビンタを食らわしていた。
「おふざけもいい加減にして下さい」
 私が告げると随員が私の胸倉を掴んだ。
「貴様、何様のつもりだ!」
「やめろ」
 彼は随員に命じた。渋々ながら随員は私を放した。
「やっぱり君は面白い女だよ」
 彼は笑いながら言う。
「それはどうも」
 あえて素っ気無く答える。
「もう一度、私と付き合う気は無いかね?」
 何気に本気な感じがした。此処で答えたらきっととんでもない事になるんだろうな、と密かに思った。
「さぁ。考えてはおきますわ」
 きっと彼の随員は許さないだろうな、と思いながらそう答えた。こう答えておけば後でどうにでもなるだろう。
「では、私は行くよ」
「お気を付けて」
 彼と随員はブリッジを後にした。ブリッジクルーは呆然としている。
「話したければ、好きに話しなさい。見苦しい所を見せたわね」
 それだけ言って、私はブリッジを出た。

 艦長室に向かいながら、彼への答えを考えていた。本来なら「NO」と言うべきなのだろうが、そうは言いたくなかった。あの後も何人かの男と付き合った事があったが、一番相性が良かったと思えたのは、彼だけだったのだ。
「どうせ、また会う日までは時間があるんだし。その頃になったら向こうも忘れているかもしれない。考えるのは止めておこう」
 私は、そこで考えるのを止めてしまった。私の求めるものは何なのだろうか…。



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